山口地方裁判所 昭和35年(ワ)177号 判決 1963年1月17日
原告
小林勤 外二名
被告
田中敏彦
主文
被告は原告小林勤に対し金一七三、九六〇円、原告岡原サトイに対し金八六、九八〇円、原告町田君子に対し金一二三、九六〇円及び右各金に対する昭和三五年九月二六日から完済まで年五分の割合による金員を附加して支払え。
原告勤のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを三分してその一を原告勤の負担とし、その二を被告の負担とする。
この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。
事実
原告等訴訟代理人は「被告は原告小林勤に対し金三七三、九六〇円、原告岡原サトイに対し金八六、九八〇円、原告町田君子に対し金一二三、九六〇円及び右各金に対する昭和三五年九月二六日(訴状送達の翌日)から完済まで年五分の割合による金員を附加して支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決竝びに仮執行の宣言を求めその請求原因として「原告三名の実母である訴外小林ハツノが昭和三三年八月一九日午後四時二七分頃吉敷郡秋穂町西七四四一番地横沼喜作方地先県道上を南方に向つて歩行していたところ、被告は運転免許を有しないに拘らず山は五一五六号軽自動二輪車を運転してその後方から時速約四十粁で疾走し、右ハツノに追突して同女に対し頭蓋骨骨折等の重傷を蒙らしめ同女をして同日午後六時五〇分頃小郡町第一病院において右負傷のため死亡するに至らしめた。同日は晴天で右事故現場は道路幅員六米に近く、見通しもよくきく所であるが、右事故は被告が前方を注視し、歩行者との接触衝突を未然に防止するため減速するなどの自動車運転者として尽すべき当然の注意義務を怠つたがため発生したものであるから、被告は不法行為の責任を免れない。
亡ハツノは死亡当時六十二歳六ケ月であつたが、炎天下にかなりの距離をいわゆる八十八個所巡拝をするほど健康で、厚生省発表の生命表によればなお約十五年の平均余命を有し、少くともなお十年間は家事及び家業たる農業に従事しえたのであるが、これは農村の雇傭賃金に換算し、その一身上の必要経費を差引いてもなお一日平均百円を余すに十分であり、家事家業従事年間三百日として十年間に金三十万円を残しえた筈である。これをホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除すれば金一九九、九九九円となり、なお被告等はハツノ死亡につき香花料等の名で合計金一五、〇八八円を支払つたからこれを控除すれば金一八四、九〇〇円に余る。即ち亡ハツノは右事故による死亡のため右金額の得べかりし財産上の利益を喪つたのであるから被告に対しその賠償を請求し得るものといわなければならない。
原告三名は前記のとおり右ハツノの実子であり、ハツノ死亡により原告三名においてこれを相続し、原告勤、同君子の両名の相続分はそれぞれ五分の二であり原告サトイの相続分は五分の一であるから原告勤、同君子の両名はそれぞれ金七三、九六〇円につき原告サトイは金三六、九八〇円につき右賠償請求権を相続したこととなる。
右ハツノが非業の最期を遂げ原告三名の肉親を失つた非痛は金銭を以て計り得べくもない。原告勤はその妻子と共に右ハツノと同居し、家業家政の経営における母ハツノの寄与は大きく、ハツノの不慮の死により同原告の受けた痛手はことに甚大であり、原告サトイ、同君子は事故当時現場にあつて母の無念の死を目撃し、終生忘れえない衝撃を受けた。原告等の右苦痛は原告勤に対しては金三〇万円を以て、原告サトイ、同君子に対しては各金五万円を以て慰藉せられねばならない。
よつて被告に対し前記財産上の損害、慰藉料及びその遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。」と述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として「原告等主張事実中その主張の時所において被告が自動二輪車を運転中訴外亡小林ハツノと衝突し同女が死亡したこと及び右ハツノと原告等との身分関係、相続関係が原告等主張のとおりであることはこれを認めるけれどもその余の事実はこれを争う。」と述べた。(立証省略)
理由
昭和三三年八月一九日午後四時二七分頃吉敷郡秋穂町西七四四一番地横沼喜作方前県道上で被告運転の自動二輪車が原告三名の実母である訴外亡小林ハツノに衝突して同女が死亡したこと及び原告三名が右ハツノの相続人であり、原告勤、同君子の相続分がそれぞれ五分の二、原告サトイの相続分が五分の一であることは当事者間に争がない。
而して成立に争のない甲第二、五号証に原告町田君子同岡原サトイ両名に対する各本人尋問の結果を綜合すれば「右事故の現場は道路の幅員五、九米あつて見透しがきき、右ハツノは原告サトイ、同君子等と共に右現場の東北にある札所の参拝を終えた後右県道に出て南方に向い道路の右側に移らうとしていたのであるが、被告はその後方から時速約四五粁で進行し進路前方約四〇米の地点に右ハツノ等を発見した。かかる場合運転者たる者は絶えず右ハツノ等の動静に注意し、ことに右ハツノが道路の略中央に位しており且つ老令である故不意に後方から自動車が接近することを知つた場合には狼狽の余りどんな行動に出るかも判らないことを考慮して十分に速度を減じて同女の挙動の如何によつては何時でも急停車ができるように進行して事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるものと解せられるに拘らず被告はこれを怠つて、時速約四〇粁で進行し、同女に極めて接近した後警笛を吹鳴したため同女がこれに驚いて狼狽し却つて道路左側に移らうとしたため右自動二輪車のバツクミラー附近を同女に激突させ、よつて同女に対し頭蓋骨骨折等の重傷を与え同日午後六時五〇分頃小郡町第一病院で死亡するに至らしめた」ものであることを認定することができ、以上の認定を覆えすに足る措信すべき証左はない。右認定の事実によると被告はその過失ある行為によつて右ハツノを死亡するに至らしめたものに外ならないから不法行為の責任は免れない。
次に成立に争のない甲第一号証の一によれば右ハツノは死亡当時六十二歳六月であつたことが明かであり、右年令の女子がなお十五年を超える平均余命を有することは当裁判所に顕著である。而して原告三名に対する各本人尋問の結果を綜合すれば右ハツノは当時極めて健康であり、本件事故がなければなお十年間は家事及び家業たる農業に従事することができ、右家事及び家業に従事して一身上の必要経費を差引き一日平均百円の純利益を挙げることができ、なお農家の女子として年間少くとも三百日は家事家業に従事したに相違ないことを認定することができ反証はない。右事実によればハツノが右の十年間に挙げうべかりし純利益は金三十万円となるところ、これよりホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除すれば金一九九、九九九円を下らず、原告等の自ら主張する香花料等一五、〇八八円をこれより差引いても金一八四、九〇〇円を超えることが明かである。さすれば右ハツノは被告の過失により右金額の得べかりし利益を喪つたのであるから被告に対しその賠償を請求する権利を有すること勿論であり、原告三名がそれぞれ前記のとおり五分の二ないし五分の一の割合でハツノの権利義務を相続したのであるから被告に対し原告勤、同君子はそれぞれ金七三、九六〇円の、原告サトイは金三六、九八〇円の賠償を請求する権利を有するものといわなければならない。
進んで慰藉料の額について考えてみると原告三名が右の如き不慮の事故により実母ハツノの死に遭いその受けた精神上の苦痛の甚大であることはこれを推認するに難くない。而して被告は当時競輪の選手をしていたのであるが自動車運転の免許を受けていなかったこと、原告勤は田六反余を耕作する外石材業に従事し一家の跡取りしてハツノと同居していたこと、原告サトイ、同君子の両名は前記のとおり事故現場にあつてこれを目撃したのであるが原告サトイはいわゆる戦争未亡人であつて雑貨小売商を営み、原告町子は美容師であり、共に亡ハツノの近隣に居住していたこと等(原告勤がハツノの死亡により同女の果していた家業家政上の経営についての寄与を失つたことはむしろ財産的損害である)記録に現われた一切の事情を考慮するとき原告勤に対する慰藉料の額は一〇万円が相当であり、原告サト同君子の両名に対する慰藉料の相当額もそれぞれ金五万円を下らないものと認める。
よつて被告は原告勤に対し金一七三、九六〇円を、原告サトイに対し金八六、九八〇円を、原告君子に対し一二三、九六〇円をそれぞれ遅延損害金と併せて支払うべき義務があるものというべく、原告勤の請求中右金額を超える部分は失当であるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 黒川四海)